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岡本太郎 作品一覧


岡本太郎 版画作品 - Print -
岡本太郎「流れる夢」
岡本太郎
流れる夢
版画 リトグラフ

岡本太郎「哄笑」
岡本太郎
哄笑
版画 リトグラフ

岡本太郎「風」
岡本太郎
版画 シルクスクリーン

岡本太郎「呼ぶ」
岡本太郎
呼ぶ
版画 シルクスクリーン

岡本太郎「虫と子供」
岡本太郎
虫と子供
版画 リトグラフ

岡本太郎 略歴

おかもとたろう - Taro Okamoto Profil -
1911年 2月26日漫画家・岡本一平、歌人で小説家・岡本かの子の長男として、神奈川県で生まれる。
1929年 慶應普通部を卒業し、東京美術学校(東京藝術大学)に入学。
父・一平のロンドン軍縮会議の取材旅行に同行し一家で渡欧。
1931年 パリ郊外にあるセーヌ県ショアジー・ル・ロワのリセ「パンシオン・フランショ」で生活。
パリ大学ソルボンヌ校でヘーゲル美学を受講する。
1932年 両親帰国。サロン・デ・シュール・アンデパンダン展に《空間》を出品する。
1933年 非具象芸術グループ「アプストラクシオン・クレアシオン(抽象・創造協会)」の展覧会に出品する。
1935年 「アプストラクシオン・クレアシオン」のメンバーであるクルト・セリグマンと「ネオ・コンクレティスム(新具体主義)」を提唱し、
手に届く実感のあるものを追究する。
ジュンヌ・ユーロップ画廊で太郎とクルト・セリグマン、スイス人のウィリアミがグループ展。
1936年 マックス・エルンスト,パトリック・ワルドベルグとグラン・ゾーギュスタン街の屋根裏で開かれたコントル・アタックの集会に参加し、
ジョルジュ・バタイユの演説に感銘を受ける。
1937年 サロン・デ・シュール・アンデパンダンに《傷ましき腕》を出品し、アンドレ・ブルトンに評価される。
1938年 国際シュルレアリスム・パリ展に《傷ましき腕》を出品。
アンドレ・ブルトンらシュルレアリストらとの 親交が深まる。
パリ大学ソルボンヌ校哲学科でマルセル・モースに師事し民族学を学ぶ。また哲学・心理学も学ぶ。
1940年 ドイツ軍によるフランス侵攻により、最後の引き揚げ船・白山丸で帰路につく。
1941年 「岡本太郎滞欧作品展」を銀座三越にて開催。横光利一,藤田嗣治,鹿之助らがパンフレットに執筆。
1948年 「夜の会」を結成。前衛芸術運動を開始する。「アヴァンギャルド芸術研究会」を発足。
1949年 第1回日本アンデパンダン展に《赤い兎》を出品。第34回二科展に《重工業》を出品。
1950年 読売新聞社主催の「現代美術自選代表作十五人展」に前年再制作した《傷ましき腕》《露店》等を出品。
1951年 戦後に制作された作品を集めた「岡本太郎展」が日本橋三越で開催される。
1952年 第4回日本アンデパンダン展にモザイク・タイルによる壁画の第1作《太陽の神話》を出品。
地下鉄日本橋駅に26メートルのモザイク・タイル壁画《創生》を制作。
常滑焼による作品《顔》を制作。
パリでの「サロン・ド・メ」展に《夜明け》《堕天使》を出品。
1953年 パリ・ニューヨークにて個展。南仏・ヴァロリスのピカソのアトリエを訪ねる。
国際アート・クラブ日本支部が結成され、その代表に選出される。
第2回サンパウロ・ビエンナーレに日本代表の1人として出品。
1954年 第27回ヴェネチア・ビエンナーレに日本代表として、坂本繁二郎とともに選出される。
坂倉準三設計によるアトリエが青山(現・岡本太郎記念館)に完成し、現代芸術研究所を設立。
一平の七回忌に多磨霊園の墓碑へ陶作品《顔》を設置。
1955年 原爆と人間を象徴する大作《燃える人》を毎日国際展に出品。
1956年 丹下健三設計の(旧)東京都庁に11面の陶板レリーフを制作。
1957年 ミシェル・タピエが来日の際にジョルジュ・マチューを太郎に紹介。
マチューの公開制作の ためにアトリエの庭を提供する。
第11回ミラノ・トリエンナーレに陶版画《陽》を出品。
1958年 JR神田駅地下道に3面のモザイク・タイル壁画を制作。
第3回日本現代美術展に《ドラマ》を出品。
1959年 武智鉄二演出のオペラ「ローエングリン」(東京国立競技場)の美術担当。
長野県戸倉スポーツランドにモニュメント《動物》を制作。
東京都庁の壁画に対し、フランスの雑誌『今日の建築』の国際建築絵画大賞が授与される。
1961年 『忘れられた日本<沖縄文化論>』を出版し、毎日出版文化賞を受ける。
1963年 アントニン・レイモンドと協力してディヴス氏邸(東京・渋谷)に彫刻と壁画による浴室を制作する。
東京・池袋駅前広場に東京オリンピックを記念して《ヴィクトリー・ポール》を制作する。
1964年 東京オリンピック参加記念メダルを制作する。
代々木国立競技場に陶板レリーフとモザイク・タイル壁画を制作。
1967年 日本万国博覧会のテーマ館展示プロデューサーに就任する。
1968年 万国博へ国際協力の要請をするため、パリ、プラハ、ロンドンを歴訪。
メキシコのオテル・デ・メヒコの大壁画《明日の神話》制作のため、現地にアトリエを構える。
1970年 日本万国博覧会シンボルゾーン中央に《太陽の塔》《母の塔》《青春の塔》を含むテーマ館完成。
TARO爆発展がパリ、アルジェ、チュニスを巡回。
1971年 パリ,フォーブル・サントノーレ芸術祭「街の美術館」に《樹人》を出品し、祭りの王様に選ばれる。
1975年 《太陽の塔》の永久保存が決定される。
1977年 スペイン国立版画院に、日本人で初めて銅版画が収蔵される。
1984年 フランス政府より芸術文化勲章を受ける。
1985年 筑波科学技術博覧会にシンボルモニュメント《未来を視る》を制作。
英・オックスフォード近代美術館における「日本の前衛芸術」展に出品。
1986年 パリのポンピドゥー・センターで翌年2月にかけて行われた展覧会「日本の前衛美術」展に出品。
1987年 さよなら国鉄・新生JRの記念メダル《出発》を制作。
1988年 岐阜未来博にシンボルモニュメント《未来を拓く》を制作。
1989年 フランス政府よりフランス芸術文化勲章を受章。
アメリカの第29回国際放送広告賞を受賞。
1991年 長野県野沢温泉村・名誉村民第1号を贈られる。
川崎市に主要作品を寄贈。翌年、岡本太郎美術館の建設が発表される。
1996年 1月7日パーキンソン病による急性呼吸不全にて死去。享年84歳。

岡本太郎 買取価格査定


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